目次
山鹿の風景

かつては、山鹿灯籠祭りといえば上り灯籠がメインイベントだったようだ。
大宮神社には、灯籠神輿を担いだ男たちの姿が描かれたポスターがあった。
「祭りのときはね、そこに僕の灯籠が飾られるんですよ」
中村さんが、外の一角を指さす。 「あそこにですか!」
町の要所毎に、町自慢の灯籠が鎮座する風景が目に浮かぶ。

飾られた灯籠

勢子達はそれを担ぎ上げ、神輿に乗せ、神社まで威勢良く練り歩くのだ。
「上り灯籠の様子も見てみたいですね!」
ヤマノテを取材するはずが、山鹿灯籠の取材になってきてしまった。

「今日の企画展についてですが…」
ようやく本題を切り出した。
「今回は、紙をテーマにしているんですよ」
展示されている作品と作家さんについて、丁寧な説明をいただいた。
ご自分達の思いと共に。

紙モノ展

"手のもの"をとても大切にされており、山鹿やご自分達が出会われた、心惹かれる手仕事作品が集められている。
冨田さんは話された。
「こういった作品に触れ、使ってもらうことが地域を知り、繋がりをもつきっかけになっていくのだと思う。」と。
それにしてもお二人からは、人の名前がたくさん出てくる。
作家さんにはじまり、大工さんや左官さん、そこに暮らす人…などなど。

何かい一所懸命に取り組む人は、キラキラとして見える。
キラキラした人は、周りで見ている人をも清々しく幸せな気持ちにさせる。
幸せな気持ちの共感の連鎖が起こると、小さな人の輪が次々と発生する。

人は、そこに集まってくる。

結果として、共感の連鎖は大きな人の繋がりを生むことになる。
それを体現されているのが、目の前のお二人だ。
こちらも、一生懸命なにかに取り組みたくなる。何かに。

「次に、ヤマノテについて伺わせてください」
今回の企画展が開かれているのは、八千代座も並ぶ豊前街道沿いの店舗である。

キッコーヤ

この並びにあるすぐ先の場所が、これから「ヤマノテ」になるという。
築80年の古民家の床材や古い箪笥などを、化粧材やディスプレイに使った店舗になるようだ。
職人さんの手も借りながら、手仕事で作られた空間。
それが、中村さんの新たな作品の展示場にもなり、ヤマノテの企画展会場ともなり、人が交わる場所となる。
お話を伺っているうちに、目の前に見えているコトこそ、ヤマノテの目標とする姿なのだろうと思えてくる。コトとは、目の前に見えるものではないのだが、それが見えてしまうのが不思議だ。
「これは面白くなってきそうですね」
「自分たちがやりたいなと思ったことをやるだけですよ」
中村さんは、茶目っ気ある笑顔でそう答えた。
「上がり灯籠もぜひ見に来てください。」
中村さんの表情が変わった。

リノベーション現場

8月16日夜
山鹿灯籠祭りの真のハイライトである上がり灯籠の日。
日本全国の神社灯籠を作っている山鹿灯籠師最大の見せ場である。

山鹿灯籠を元に復元された「さくら湯」周辺は、人・人・人である。
その人込みを抜け、前に伺った場所へ向かう。
ちょうどその時だった。

町に鎮座していた灯籠の明かりが消えた。
勢子は、静かに、丁寧に灯籠を神輿に移した。
神輿となった山鹿灯籠に再び明かりが灯されると、掛け声がこだました。
「おーい灯籠!」(・・と聞こえた)
「おーい灯籠!」
沿道の観衆に見つめられながら、神輿が通り過ぎていく。
男達の背中が勇ましい。

中村さんに、緊張と喜びと達成感が入り混じった表情が浮かぶ。
灯籠が丁寧に奉納されると、中村さんはインタビュー攻めを受けていた。
その顔に緊張はなくなり、いつもの笑顔が戻っていた。

50年以上前、奉納する灯籠は、祭りの時に町にいる灯籠づくりの名人が作っていたそうだ。
きっと町内自慢の灯籠師が作った灯籠を、勢子が自慢げに担いで競い合っていたのだろう。
それが今では、山鹿灯籠師として専門職になっている。

どのような歴史の移り変わりがあったのだろう。
次回の取材で伺ってみることにする。

ページTOPへ